契約直後に襲ってきた『家は負債』の衝撃
「家は負債」
家を建てている最中に、突然こんなパワーワードを聞かされたら驚きますよね!しかもついこの間、工務店で本契約を交わしたばかりですよ!浮かれて説明もほとんど聞いていなかったのに……。
テレビでこの動画観ていた時、妻は仮住まいの狭いシンクでガシャガシャと食器を洗っている最中でした。
(今の聞こえた……?聞こえなかった??)
妻の様子を気にしつつも、僕の鼓動はしばらく落ち着きませんでした。頭が真っ白になるほど、この言葉のインパクトはとんでもないものでした。
しかし、リベ大の両学長も何の根拠もなくそんな言葉を使っているわけではありませんでした。よくよく動画を観ていると、家の全部が全部「負債」というわけではないようです。
その土地の地価が上がれば、それは資産になる。でも、建物は基本的に時間とともに価値が下がっていく。ということでした。
つまり、今この地方都市で建てている僕の家は……。
「そんな考え方、ありか……?」
なぜこのタイミングでこんなYouTubeを観てしまったんだろうと、後悔している自分がいました。ワクワクから不安への急転換。勘弁してくれよ、と。
それからは毎日のようにYouTube動画を漁り、自分の決断を肯定してくれる意見を探しました。ですが、どれも説得力はなし。
でも、僕の焦りを置き去りにして、建築はどんどん進んでいきます。Pinterestを元ネタにした設計図も、担当営業さんの早業で一気に形になっていきました。
この頃になってやっと僕も知識がつき、住宅業界には「大手ハウスメーカー」「設計事務所」「設計士のいる工務店」「設計外注の工務店」があることを知りました。
……うちの工務店、外注か……。
解体現場で目撃した『嵐の予兆』
仮住まいに引っ越してまもなく、古アパートの解体が始まりました。
(両学長にだって間違いはあるはずや……!)
そうやって安心材料を探しつつ、解体が進むアパートを見学に行ったのが、ちょうどお昼時のことでした。
周囲には足場が組まれ、シートに覆われながら2階の中が丸見えになったアパート。長い間住んだアパートを少し寂しい気持ちで見つめていました。
作業員さんへ挨拶でもと思い、お菓子とジュースを持参していたのですが、ふと現場に「人気(ひとけ)」が無いことに気づきました。動かないショベルカーと、「立入禁止」と書かれた紙が付いた1本のロープ。それが結界のようにたるんだ状態で張られているだけでした。
しかし、その時僕は見てしまったのです。
そのロープが括り付けられている1本の鉄のポール。その上が受け皿のような形になっており……なんと灰皿。しかも、すでに吸い殻が山積み状態で、数本は地面に落ちていました。
「またタバコか……我が家の鬼門だな……」
嫌なものを見て静止している僕の耳に、ふいに野太い笑い声が飛び込んできました。
声の方に目をやると、隣家の玄関前の道路に寝そべって、タバコをふかしている作業着の男が二人。ちょうど日陰になっていたので、そこで昼休憩をしていたようでした。二人は会話に夢中のようで、僕の存在には全く気づいていません。
なぜか僕は忍び足で後退りし、その場から立ち去りました。
今思えば、新居という船出の直後に「嵐の予兆」を感じた瞬間だったと思います。
その日の夜、僕は担当者に連絡を入れ、状況を報告しました。
「休憩中とはいえ、隣家のど真ん前に寝そべってタバコをふかして大笑いはないでしょう!今後その場所で近所付き合いをしていくのは僕なんですよ!」
冷静を保ちつつも、僕の心の中は怒り心頭でした(妻にはまだ言えませんでしたが)。
担当者さんはすぐに対応してくださいました。しかしその後も、解体時に隣家のベランダへ瓦礫の破片が当たって傷がついてしまい、解体業者が弁償するというトラブルが発生。構わないと言われつつも僕も隣家へ謝罪に行きました。
「家を建てる」ということは、ローンだけじゃなく、こういう面倒ごとも全部背負っていくことなのかもしれない。
地鎮祭とケジメ
5月の終わりに近づき、季節は春から夏へ。さすがにあの現場の灰皿は撤去され、あっという間に敷地は更地になりました。
息つく暇もなく迎えた、地鎮祭。
前日の雨でぬかるんだ赤土の一角に砂が敷かれ、紅白の幕が張られたテントが立っていました。僕は妻と子供と3人で参加しました。
式が滞りなく進む中、担当者さんをはじめ、工務店の社長さんや施工責任者の方々が「おめでとうございます!」と笑顔で拍手を送ってくださいます。
ですが、すでに僕の中では「不安」が「希望」を完全に上回っていました。
(もう物語が始まってしまった。もう後には引けない。やるしかないんだ……)
今日が人生で一番若い日
地鎮祭の頃には、両学長の動画視聴も相当な本数に進んでいました。
40代の僕が、田舎に住宅ローン35年で新築を建ててしまう。ちなみに貯蓄は200万円といったところ……。自分がとんでもない領域に足を踏み入れてしまったことが、確信に変わっていました。
この頃にはもう、両学長のことしか信じられなくなっていました。
「土地があるから家を建てなおす」と軽いノリで始めてしまったこと。今更「実はヤバいかもしれない」なんて妻には言えません。
それでも、ここまで来てしまった以上、後悔して立ち止まっているわけにはいきません。
そんな僕の心に刺さったのが、あの金言でした。
『今日が人生で一番若い日です』
この言葉が、今に至る僕の道標(みちしるべ)になるのでした。
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